ブラジル・日本人サンバダンサーの華麗な日常

ブラジルに住む日本人サンバダンサーの全く華麗ではない日々

ハム子、その後

予想していたとおり、大家サンドラさんからかつての隣人ハム子の香ばしい話が早速私の元へ届けられた。

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そしてそれを、花粉を運ぶ蜜蜂のように、私が今あなたの街に届けている。

(注)これからここでする話は、たった今サンドラさんから聞いたばかりで、えぐい内容が含まれます。未成年の方、気分が悪くなりそうな方は読まないでください。

 

先ほど、もう夜中だったのだが飲み足りず、ビールでも1本買いに行こうかと部屋を出た。

するとサンドラさんが3階にある住人の共同の物干し場でゴソゴソとなにかしている。

「マクンバ(呪いの儀式)でもしてるの?」

と笑って軽口をたたくと、

「ジョガンド(捨てている)してる」

と、咄嗟に韻?を踏んで返してくる。

まったく、頭の回転の速い人だ。

明日のゴミの日のために、ハム子が置いていったフライパンなどのゴミを袋に入れて仕分けしていた。

どうせ私も下に降りるからと、それらを一緒に階下のゴミ捨て場に運ぶのを手伝う。

 

ほら、これ見てよ。こんな汚っないまんまで台所用具全部置いていったのよ。

と、油まみれの汚れた手を私に見せる。

もう借り手は決まっている元ハム子の部屋を、このままでは汚すぎて貸すことはできないと、ここのところの猛暑のさ中、ずっと汗をかきかき掃除や壁の修復などの後始末をしていたサンドラさんである。

物干し場には古い冷蔵庫とオーブンがまだ放置されていて、掃除があまり得意ではない私でも引いてしまうほどにマジできったねえな、と今日も昼間の通りすがりに一瞥(いちべつ)していたところだった。

それらも明日粗大ゴミに出すことになっていると言うので、

『え?二人は別れたの?』

と疑問に思って聞いてみた。

サンドラさんに追い出されて住処を失い当面はお互いの実家で別々に暮らしているハム子夫妻ではあるが、またどこか新しいところを探して一緒に住むのかと思っていた。

だが家財道具一切を処分するということは、新しい家を探してそこで二人で暮らす気がないからだと思えたのでそう聞いた。

(いくら古くて汚くても、全部の家財道具を新調して暮らす、という選択は二人で月1万円のワンルームに長く暮らしていた彼らの経済状況では無理なのではないか、と思ったので。)

また、そんなに連日殴り合いのケンカをしていたような夫婦であれば、子供がいるわけでも無いし、この機会に別れるというのもアリなのではないかとも思った。

「そう、もう別れたわ。」

ああ、やっぱりか。

「だって、追い出したしもう住むところないもの。」

『でもさ、たとえばまたファベーラ(貧民街)とかに新しい家とか探したりしてさ。』

「ファベーラはいつも音楽がかかってたりして雑多でうるさいところけど、盗んだり、毎晩夫婦喧嘩で怒鳴り合いするような人たちをマフィアが住まわせてなんておかないわ。家と家の間が近いし周りに迷惑だもの。私がケンカを止めにいっていたのだって、殴り合いのひどいケンカをしてるから、勢いあまって壁に頭をぶつけてどっちかにここで死んだりされたら困るから、そんなファベーラで起こるような悲劇を防ぐために止めに行ってたのよ」

 

なるほど、多少矛盾しているように感じるところもあるが、ふたりの仲を心配して、とかではなくてそこまで考えていつもケンカを止めに行っていたのかと初めて理解する。

そういった部分サンドラさんの思考・行動は非常に現実的かつ土着的で、いつも私の想像の上を行く。

 

それでサンドラさんは私の今まで知らなかった裏事情をいろいろと語りだす。

 

(ハイ、ここで、あまり生々しくならないように、箇条書きにしてサンドラさんから聞いた話のポイントをまとめてみますよ。

ほらタク~ちゃんと聞け~、ここテストに出るぞ~。)

 

1.ハム子はやはり私の家に忍び込んで金を盗んでいたこと

2.スエーリョ(ハム子の家の反対隣に住んでいた推定90歳の老人)の家でも金を盗んでいたこと

3.盗み癖や虚言癖がひどいこと

4.近所の人たちにも借金をしまくって一度も返したことがないこと

 

私の家の引き出しにしまっておいたお金が盗まれたことなどについては以前も書いた。

疑惑の隣人2/と近所であった殺人事件 - ブラジル・日本人サンバダンサーの華麗な日常

 

ハム子を追い出す際に、サンドラさんは追い出す理由をすべて話したそうだ。

連日の物騒なケンカに加え、ほうぼうから借金をして返さないこと、私やスエーリョの家からお金を盗んでいたこと。

私のお金の盗難の件に関しては実際には警察は指紋を取ることはしなかったのだが、サンドラさんはカマをかけ、

「joEの家に警察が来たときに、財布からあなたの指紋が出たのよ。それで警察はあなたを捕まえようとしたの。でもそんなに大した金額じゃないし、大ごとになるのもアレだから、joEには今回は黙っていなさい、って私から言ったのよ。本当は警察はあなたがやったって知ってるから、何か事を起こしたらあなたはすぐに警察に捕まるはずだったの。スエーリョの家でのお金だって同じことよ。」

と、告げた。

ハム子は(ハッタリだが)証拠を突き付けられ、それを聞いて黙ってうなだれたという。

 

 (ハイ、ここらへんは以前にも出てきた基本問題です。みんな、覚えているよね!

 これからもっと香ばしくなるからますます注意してくださいね。)

 

5.スエーリョに頻繁に体を50レアル(1500円)で売っていたこと

6.近所のほうぼうの人にそういうことをしかけていたこと

 

隣人のスエーリョ(風呂嫌いで尿漏れのひどい90歳の老人)の家に、自分の家のシャワーが故障しているからシャワーを貸してくれと現れたので了解すると、何も身に着けずに出てきて彼を誘惑したそうだ。思わず彼がその裸の胸に手を伸ばすと、

待って、1回50レアルよ。

と言って事に及んだという。

それは家賃を払う前の日などに日常的に起こっていたということを、スエーリョが以前から話したそうにしていたのにサンドラさんは気が付いていて、ここを出て行く際にとうとうそのことを彼自身の口からはっきりと聞いたそうだ。

実はその前からサンドラさんは近所の他の人たちからも彼女がその豊満すぎる肉体を武器に小銭を稼いでいるという、そんな話をたくさん聞いていたので、中2階に住む年の差カップルの女癖の悪い年下旦那に疑いをかけ否定はされたが、(頭上すぐにあるその部屋を指差しながら)あれもぜったいにやってる、と断言して、あ、まずい、彼の家の窓が開いてるわね、と声をひそめた。

 

 

(だんだん厳しくなってきたね!ついてこれてるかな?!

 先生ももうかなり苦しいよ!

 けどもうちょっとだからみんなもがんばって!!)

 

7.ハム子の旦那にも、ハム子がいろんな人から借金をしては踏み倒したり、盗みを働いていたことを知っているでしょ?と問い詰め、知っていたが怖くて言えずにずっと悩んでいたと告白されたこと。

8.さらにハム子の旦那に、信用をしてお金を貸してくれた隣人や友人を裏切っただけではなくて、旦那を裏切っていろんな男とやりまくっていたことを暴露したこと。

 

それを聞いて、当事者である彼はいま私たちが感じている数倍も気持ち悪くなったのだろう、吐くゼスチャーをして見せ、まさかスエーリョまでとも、、、。と何度もえずいていたそうだ。

リミットまでは自由に泳がせておくが、いざ仕留めるとなったら息の根を止めるまでとことんやる。

本気になったサンドラさんの破壊力のなんとも凄まじいことか。

リオに舞い降りた聖なる破壊神・デストロイサンドラ。

 

“怖かった”というのは、ハム子についてのことだけでなく、バンジード(ギャング)の一員であるハム子の兄弟が、少し前に警官に撃たれたことなどにも起因しているという。

サンドラさんはほんの2か月ほど前に近くのファベーラの道で悪い薬を売っているハム子の兄弟を見かけた。

またそんなことやっている、と見ないふりをして素通りしたサンドラさんであったが、それから1週間後に彼は殺された。

こっちの地区の警官の多くは犯罪者を殺すことに慣れていてシビアなので、犯罪を繰り返すどうしようもないその兄弟はついに撃たれて死に至ったという。

サンドラさんの実況解説によると、

「その警官はね、ここらへん(腰と太ももの間くらい)を撃ったの。手に収まるようなピストルじゃなくてこんなん(手で1mくらいの幅を広げて)長くて大きい銃よ。そんな銃で撃たれると、心臓に近くなくっても10分も経てば出血多量で人は死に至るの。前から目を付けられていて、こいつをこのまま生かしていたらダメだと判断した警官は、すぐに病院に連れて行っくれと請うその兄弟を路上にころがしたまま無視して自分の腕時計で時間を計って、ちょうど10分してからやっとパトカーに乗せて、わざと遠回りしながらゆっくりゆっくりとその兄弟を病院に運んで行ったの。病院に着いたときにはもうその顔は真っ白になっていたって。」

 

オーマイゴット

 

外人でもないのにあまりの生々しさに頭をかかえてそう言いそうになってしまう。

犯罪者とはいえあまりにもしんどい話だ。

 

そんなこともあって、公にはなっていないにしても、犯罪じみたことを繰り返すハム子に旦那はいろんな意味で恐怖心すら感じていたということだ。公。ハム。

ちなみにもうひとりいる同じくバンジードの兄弟の片割れは最近刑務所から出てきてハム子と同じく実家に帰ってきたものの、自分も撃たれることを怖がってこの間のクリスマスの日にだけ外に出てきて、お母さんと腕をしっかり組んで近所を一周した以外はずっと家に籠っているという。

 

ハム子にはもうこのアパートの敷地内には一切立ち入るな、わかっていたと思うけれど、joEや他の隣人女性は家に招き入れても一度も私の家に入れたことは無いだろう、何故ならばあなたという人はまったく信用できない人間だからだ。

と、サンドラさんはきっぱり絶縁宣言をした。

だが、ちょうど昨日はハム子の、もう元旦那となった彼の誕生日だったということで、仲良くなった他の隣人と共同の物干し場でシュラスコ(バーベキュー)をやりたいというのはすんなりと受け入れて、隣人同士で肉を分け分け楽しい時間を過ごしたらしい。

もちろんハム子は抜きだ。

ちょっと太めだったハム子の元旦那は実家に帰って母親にきちんと身の回りの世話をされ健康的な食生活を行っているせいで、ハム子と別れてまだ少ししか経っていないのに見違えるようにシュッとしたナイス・ガイへと生まれ変わっており、驚いた皆で口々に、痩せたね?!なんかすごくかっこよくなったんじゃない?!と声をかけると、

「ああ、だって今はもう心配しなきゃいけないことが何も無いからね」

と、サンドラさんたちの、あなたはちゃんとしているいい子なんだから早く別の良い女性と幸せになったほうがいいよ、という忠告にしっかりと頷いていたということだ。

一方のハム子は未練タラタラで、暇さえあれば彼に連絡をして復縁を迫っているという。

 

 そんな話を一通り終えたところで、2台のバイクが続けて目の前の道を走りやってくるのが見えた。

それにサンドラさんはさっと顔色を変えて、門の扉を開けてすぐ中に入ろうと指示してくる。

「夜中の連れだったバイクは一番危ないの。2台がかりで強盗をしようと通りすがりの家や通りかかった車を物色してる場合も多いのよ。ここらへんでもそういう事件が最近頻発してるの。」

ファベーラに程近い治安の良い場所ではないと知ってはいたが、私自身は近所でモロに危ない目には遭ったことがなく、住宅街なのでそれほどに危険な場所ではないなんて勝手に解釈していた。

「あ、そうかこれから出かけるのね。すぐそこで飲み物を買うだけか。でもそれでも気を付けて。もしそういうのに狙われてる気配を感じたら家の前を通り過ぎて一回やり過ごすのよ。門を入る時についてきてそのまま家に押し入って強盗されるケースが最も多いの。」

そんな物騒でパンチのある話を立て続けに聞いて、命を懸けてまでこれからビールを買いに行こうという気はさすがに消失した。

つくづく日本とは別世界のように物騒で不穏な場所に住んでいるのだな、と再認識する。決して親には話せない。

情熱に押し上げられたその成れ果てに今こんなところにいるが、いつまでもここに住み続けることは私には不可能だろう。

私がここから去る日もそんなには遠くないことをうっすらと予感した。

 

今日は久々にいろんな人と会ったり忙しく過ごしており、最後にこの話を聞いたダメ押しでかなり疲れた。

 

ビールも買いそびれたことだし、今日はもう寝る。