ついに、この日が来てしまった。
朝から張り切って生卵6個をオロナミンCで割ったものを腰に手をあて一気飲みして元気ハツラツ備えていたかというとそういうわけではなく、なんとなくふわっと明日連絡する、とマクンバガール・ヤスミンちゃんに言われていたので家で待機していた。
何の音沙汰もなく予定が変更・延期になることも良くあるので、もし急にダメになったりしてもキレたりしないようにいつでも心を無にして待つように気をつけている。
一部のブラジル人とはそうでもしないとイラついて即関係終了、となりかねないので、それはいちいち心を乱さないようにこちらで暮らしてから覚えた処世術であった。
その2日ほど前にも、マクンバを明日決行するから今日のサンバの練習の帰りがけから家に泊まりに来れるように着替えなど準備をして来いと言われ用意して行くと、急な仕事が入ったのでやっぱり今日は無し、とあっさり言われて、チェッ、と、道の空き缶を蹴りながらすごすごと帰ったばかりなのだ。
こりゃもう今日は無いかな、とふて寝しまどろんでいた午後3時頃、今からすぐ来い、と連絡があった。
まったく、いつもこうなんだからほんと困っちゃうぜ。
よいしょと身を起こし、なるべくす早く身支度をしてバスに乗りこむ。
彼女から紹介されて私も知り合いになっていたホーザと共に、マクンバショッピングで買い物をしているのでそこで落ち合おうということだ。
渋滞の時間と重なり、道が地獄のように混んでいてる。
スムーズに行けば30分で着く道のりが今日は1時間半くらいかかった。
自分の都合の悪い時は電話に出なかったりするくせに、まだ着かないのかと何度も連絡が入る。
自分の時は余裕で人を何時間も待たせるくせに、待ちきれないのでもう帰ると何度も連絡がくる。
もうすぐ着くからあと5分だけ待ってくれとバスから降りて小走りで駆けつけると既に買い物は済ませており、一緒にいるホーザに早速、あなたのほうが力があるからこれ持って、と段ボールの包みを押し付けられた。
まったくおまえらはよお。
せめてもの抵抗で不服を込めた表情で彼女を軽く睨み、しぶしぶその荷物を持って二人の後について歩き出す。
別に荷物くらい言われなくても持つのだが、上から偉そうに言われると腹が立つものだ。
予想はついていたが、その段ボールには、何かごそごそと嫌な予感のする安定しない質感があった。
で す よ ね 。
近くの駐車場に止めてあった車の後ろのシートに座りその横にその荷物を置くと、イキのいいまま運べるようにか開けてあった空気穴から顔を出すその生き物の姿が確認できた。
なるべく情が移らないように目をそらしてそれを意識しないようにする。
ヤスミンちゃんの家に着いてしばらくすると、ヤスミンちゃんの家の並びに住んでいて最近仲良くしている友達に連れられて、見たこともない白人の女性が暑い暑いと言いながらスカートにブラジャーだけの姿で訪ねてきた。
いくら暑いからといって、中年のだらしのない身体を持ってして上だけといえ明らかな下着姿(ちなみに見せブラなどでは無いモスグリーンのような色のレースのブラだった)で人の家で椅子をリクエストし堂々とくつろいでいたので、私は初見だが最近のヤスミンのなじみで、今回はこの人物がマクンバを仕切るひとなのだろうかと当たりをつける。
すると、そのモスグリーンを連れてきた近所の友達とホーザが結構な口論を始めた。
早口すぎて内容はすべては理解できないが、一触即発な雰囲気だ。
私の経験では、日本人が人前はばからず口論をするのはよっぽど本気のケンカの時だけのように思う。
だがこっちでは友達同士で言い合いになって、すわ喧嘩か!とこちらが緊張して身体を固くしていると、その後は何事もなかったかのようににこやかに話していたりすることもあるので、こっちはもうそういうもんだと処理することにしていた。
それにしても長く激しいので、私は関係ありませんとソファーの端っこで気配を消している。
ブラジャーの彼女も特に口をはさむ気配はない。
さすがにヤスミンが途中で仲裁に入り(そしてそこでもヒートアップして今度はヤスミンと口論になっていた)、もう私の子供の前で二度と変な事言わないでよね!と、吐き捨てて近所のその彼女は去っていった。
まだヤスミン宅に着いてから何もしていないのに、なんだかすごい疲れる。
そんなこんなの上、ヤスミンが2階の自分の部屋で少し休むとかで放置され、やっと準備をしろと言われた頃にはもう夜もかなり更けてきていた。
まずはひとりずつ身を清めるためにシャワーを浴びて着替えろと言う。
私としては昼の3時に呼びつけられたので、遅くとも夜12時頃にはすべて終了し家に帰れるのではないかと踏んでいた。
だがこのままだといったい何時になるのだろうかと恐れつつ、順番を待ちシャワーを浴びる。
自分の着てきた服を再び着て出ていくと、
ええ?!白い服を持って来てないの?!とヤスミンに軽く怒られてしまった。
私はその日、黒いキャミソールにジーンズの短パンで彼女の家を訪れていた。
こういう時は白い服を用意してくるものだ、とホーザにも追い打ちをかけられる。
知らんがな。
そんなことは事前に0.1ミクロンたりとも聞いていない。
モスグリーンブラジャーの彼女とホーザは既にそれぞれ用意してきた白い服に着替えている。
とにかくすぐに急いで来いと言ったのは貴様だヤスミン。
こっちはマクンバなんてするのは初めての、いわばマクンバージンなのだ。
初めてなのだから、もうちょっと優しくして欲しい。
ヤスミンに白い服を借り、キャミに合わせブラも黒だったので、ブラジャーまで借りるのははばかられしょうがない、躊躇しつつもノーブラのまま白い上をまとい皆の前に出ていく。
ジーンズの短パンはそのままで、中のパンツはグレーのものを履いていたのだが、それを言ったらまた面倒くさいことになりそうだったので自分で勝手にパンツは黒でなければセーフ、と決めこんで黙っていることにした。
さらにヤスミンの用意とやらで待たされること30分、素敵にバイアーナ風の扮装でお洒落をした彼女は優雅に家の螺旋階段を降りてくる。
どんな時でも、どんなに人を待たせても、いつも可愛い恰好をする彼女の美に対する情熱はいつも本当にすごいと思う。
すっかり何もかも諦めているような人やセンスの無い人も中にはいるが、多くのブラジル人の女性としての美に対する執念のようなものは日本人には無いような、“土葬になるまで私は女“というようなしぶとさで、その違いにしばしばハッとさせられる。
他の二人もヤスミンほどでは無いにしてもそれなりにキマっていて、借り物の服にノーブラの自分が少々恥ずかしい。
私だってそれならそうとちゃんと事前に言ってもらえたら、それなりに準備もして来たのにな。
マクンバをするのにお洒落もくそも無いと思うなかれ、女子というのはそういうものである。
それに、これから神聖な儀式をするのだから、身も心も清い感じで臨むほうがより気分も高まるというものだ。
ようやく準備が始まった。
勝手がよくわからないまま、私も手伝いを申し出る。
ブログに上げてもいいかと断って、写真を撮りうろうろするだけであまり役に立っていない。
写真撮影を断られるのも覚悟していたが、ヤスミンに珍しいんでしょ?別にいいわよ、と言われたので、なるべく邪魔にならないように写真を撮りつつ祭壇がしつらえられつつある庭の掃除をしたりしていた。
そんな時、ホーザがこっちに来いと手招きをする。ヤスミンも、ここはいいからホーザのところへ行け、と促してくる。
彼女はカバンからタバコケースほどの硬そうなポーチを出し、ここに座れとソファーに導いてきた。
そのポーチからトランプのようなものを取り出し、おもむろに私と彼女の間の空間にあるソファーの上に並べ始める。
それで、
ふうん、そう。へぇー。。。
などとほくそ的な笑みを浮かべたりしながら頷いている。
ヤスミンを介して何度も会っていて、最近パイロットの旦那さんと離婚したばかりだという彼女は一緒に夜遊びに行ける独身の友達を欲しており、他にちょうどいい塩梅の友人がいないのか私を頻繁に遊びに行こうと誘ってくれたので、それに乗って二人で遊びに行ったりもしていた。
私のなまりのあるポルトガル語を彼女が聞き取れないことも多く、それにしては自分がいかにモテるかという話になって私が気の利いた相づちを打ったときは異様に勘が良く私の言うことをすんなりと理解するのであった。
そんなことで、まだやや警戒しつつ、しかしいつか何かやらかしてくれるのではないかという香ばしい臭いをほんのりと嗅ぎ付けた私は、とりあえずつかず離れずの距離を保っているところだった。
年齢を尋ねたことはないが、19歳と16歳の息子がいるというのに異様にスタイルがいい妙齢の女性で、やはり胸もお尻も注入済みだという。
彼女と遊びに行く道すがらで彼女の昔からの友人にバッタリ会った際、あら~!あなたずいぶんと痩せたわねえ!いったいどうしたの?!と聞かれていて、その友人と別れた後で、離婚した旦那の慰謝料でお腹の肉を取り、それを胸と尻に入れたのよ、と自慢げにしれっと語ってくれていた。
ホーザと一緒に知り合いの家を訪ねた時に、今取り出したのと同じポーチをカバンから取り出して、そこの女主人と一緒に他の部屋に行ってしばらく帰ってこなかったことがあったので、ああ、その時疑問に思ったアレがコレだったのだ、と今その謎が初めて氷解したのであった。
へえ~、あなたって、そうなのね~~~。
と、カードをめくるたびにしたり顔でにやにやしている。
体調が良くないわね。。。それに、、、あなたはいっつも家で横になっているって出ているわ。それと、あなたに危害を与えようと企んでる人が見えるわ。それは男女のカップルよ。本当に危ない、、、気を付けなさい。・・・出来ればすぐに引っ越したほうがいい、、、。。。ぷっ、それにしても、あなたは本当にいっつも横になっているのね。え?なんでわかるのかって?だって、ここのカードに出ているもの。あとは、、、あなたは女性に恨まれる星って出ているわ。誰か女性とケンカをしたでしょ?
そう、以前このブログにも書いた、
“霊力を持つという人にカード占いのようなものをやってもらうこととなった、というのは、このホーザのことなのであった。
一緒に出掛けてくれる人を求めている彼女は、いつも私に自分の家のそばへ引っ越して来いと勧めてきていた。
それが頭にあり、すぐにそれらの占いは本当かなあと疑いを持つ。
言葉は子供並みかそれ以上に拙くあっても、ブラジルでの経験を積んできてはいるので、本気で頭が悪いのだと舐められて騙されたりすることの無いように疑問があったら口にするように心がけている。
これまで友人などと後味の悪いケンカ別れをしたことに心当たりはあったが、それなりに生きてきたひとりの女が人生の中で、他の同性の者と一度もトラブルを起こさずに来れたなんてことはまずありえないだろう。
それを言うと、それについては、まあ、そうよね、と彼女も認めた。が、で、あなたを呪う黒い女に何か心当たりはないかと質問してくる。
全部信じているわけではないが、私は基本的に本を読むときやパソコンで動画を見るのにはゴロンとリラックスした状態でいるし、さらに最近の膝や体調不良もあってここのところ家にいる時は横になっていることが多かったので、それほど親しくも無い彼女が、私が、
横たわりがちな女
であることを繰り返し言い当てたことが引っかかり、思わず真剣に心当たりを探ってしまう。
それで真っ先に、私を舐めて盗みにかかった元・隣人のハム子のことを思い浮かべた。いろいろと嫌な思いはした。だが、そこまで恨まれたりするほどには濃密な関係では無いと私は思っているのではあるが。
それでさらに、私を呪うほど憎んでいる人は誰なのだろうと考えてしまう。ただ思い付きで言っている当てずっぽうの占いかもしれないのに。
そりゃ女友達とケンカしたことくらいあるけど、、、と言って思い出を辿っていると、ヤスミンまでが話に参加してきて、その人物はあなたよりも色が黒いのか?とグイグイ攻め寄ってくる。
いや、今はどうか知らないけど、日本人だから多分私と同じくらい、と言うと、
じゃ、違うわね、と急に興味を失い、また準備に戻る。
とにかく黒い女、というのが彼女らにとっての最重要ポイントのようだ。
ここで、ブラジルの日系の方に嫁いでいる、私の人生史上一番の漆黒と思われ“サンパウロの黒真珠”と勝手に異名を付けた日本人の友人の顔が頭によぎったが、彼女はただただただただむやみやたらに生まれつき色が黒いだけの、すごい美人なのにいつもキレキレのギャグをぶちかましてくるところがたまらない愉快で大好きな女性であるので、これを話したらきっとウケるだろうな、と吹き出しながらそこから排除する。
友よ、黒、で思い出してごめん。でも疑ったわけじゃないからね。
というか、マクンバをかける黒い女といったら、そりゃもうブラジル人の知り合いなのではないか。
でも思い当たる節が全くなくて、どうもこの占いは眉唾なんじゃないかな、と密かに疑いを持つ。
後でヤスミンが、彼女はすごく霊感を持っている人だから、、、と言ってホーザの予言?を受け入れているのを聞いて、少なくともヤスミンは信用しているのだな、ということはわかった。
どちらにせよ、いつもは無意識に蓋をして気づかないようにしている感情を意識上にひっぱりあげる効果はあるのかもしれない、とも思う。
実は自分は何を嫌いで何を信じているのかということを考えさせられたので、そう捉えれば占いもバカにできたものではない。
それに、このマクンバの翌日にハム子が隣の部屋を出て行った。
やはり占いを鵜呑みにしてるわけではないが、これを読んでくれてる皆さんも、ちょっと関係づけたくなったりするんじゃないだろうか。
まあハム子は出て行ったと言っても結局すぐ隣のアパートに住んでいるので、昨日も今日も、すぐ家の前で壁と路駐している車に挟まれた状態で佇む相変わらず肉々しいハム子の姿を見つけてしまい(ハムサンド)、しかも絶縁宣言をしたサンドラさんと普通に道で話し込んでいた。
私の知らない間に何が起こっているのか、とにかくブラジル人の行動は理解できないことも多い。
口論していたホーザとヤスミンの隣人も仲良さげにしているのを後日目撃した。
私は物事をすんなりと受け入れることのできるタイプではないので周りの出来事に振り回され、いろいろと苦労もしている。
私も私なりに結構大変なので、“黒い女”は、あんまり私を呪わないでいてはくれまいか。
マクンバ実践・本編へと続く
お手数ですが、二つとも足跡だけでもつけていただければ助かります