ブラジル・日本人サンバダンサーの華麗な日常

ブラジルに住む日本人サンバダンサーの全く華麗ではない日々

リオの家を引き払う

数年前から、リオの借りている家からいずれ撤退すべきであろうということはいつも頭の中にあった。

だが決して、最近のここらへんの地区が危ないからという理由だけで日和ったわけではないのは一応言っておこう。

怖気づくには遅すぎる。もともと安全とは言えない地区だったしな。

私がこの家の近くのリオのチームに変わらずにいたならば、多分私は今も借り続けていただろう。 ま、今度話すが、いろいろあったのだ。

こちとらブラジルに住んで10年、ファベーラに近いこのリオの家を借りて8ねんやねん。(韻踏み関西風)

もちろん生死にかかわるような危ない目に遭っていないのは運が良かっただけかもしれず、はじめからこちらで起こる全部の危険を覚悟していたかというと嘘にはなるが、私はもともと超怖がりで、怖い漫画の表紙すら見たくない、触れることさえできず、裏返しておいてもどうもその場所が気になって寝る前にはギャグマンガ(奇面組とかな)を読んで愉快な気持ちにならないと寝付けないというくらいセンシティブな永遠の中学12年生だ。

宮下草薙の草薙くらい瞬時に最悪のシミュレーションを思いつくマイナス思考の才能においては生まれつき長けているので、一人でどこかのチームの練習(そしてリオではたいてい終わるのは夜中だ)の行き帰りの際に道を歩いたり、いつ来るかわからないバスを待ったり、またそれに揺られながら、今日こそは危ない目に遭うかもしれない、と不安でいっぱいになってビビりながら通った日々もあった。

でも、そんなこといちいち言ってたらこの地でひとりで私のやりたいことは何もできないのだから肝に銘じておけ、と自分に言い聞かせ鼓舞しながらなんとかここまでやってきたのだ。

と言っても、使命感を持ったジャーナリストでも無いのに、むやみにわざわざ自分の身を危険にさらす場所に身を置き続ける必要も無いだろう。もしそんなんで危ない目に遭ったりしたら他人にも迷惑だ。

時間的にも肉体的にも経済的にも精神的にももう無理だと限界を感じ、この2年はリオでカーニバルに出ることを止めていることもあり、リオには年に何度かしか訪れることをしていない今となっては、慣れているリオの借家での生活は便利な上、恒常的に住むにおいてはやっすい家賃とはいえ(狭くてボロいけどよ)、仕事上サンパウロを拠点に置いている私の経済的に考えたらどう考えても合理的では無いのであった。

年に数回、2,3日の滞在であるのなら、ホテル代だけを考えたならば年間の家賃よりも安価で高級ホテルに滞在することもできる金額だ。

でも、なぜ2年間も借りっぱなしにしていたかというと、その名も姓は面倒、名は臭男、という幼少のみぎりから私の心に巣食うこのご友人の助言にて、引き払うについてのさまざまな労力を考えるとうんざりしてついつい引き延ばしてしまったこと、そして、やっと見つけて居ついたこの部屋とこの土地にすっかり愛着を持っていてしまい、引き払ってしまったら私の中で何かが失われそして終わってしまうようなそんな気がしたからだ。

さらに正直に言えば、このリオの家に住み続けていることで、サンパウロやリオの比較的安全なとこだけに住んでるんじゃないんだぜ、リオで日本人が決して住まないボロくて危ないところに住んでるんだぜ、俺って人とちょっと違うんだぜい、という中二病的で青いプライドもあったと思う。(中二気質がなくとも、実際にリオなどでがっつり練習に参加しカーニバルに出るには、ある程度の経済力があったとしても絶対に安全なところだけを行動範囲に置くことは不可能であるとは思うのだが、それにしても。)

 

このリオの家を去ると大家のサンドラさんに告げた時には、急にだと向こうもすぐ借り手がつくかわからなくて迷惑だしと、日本人的な考えで向こう2カ月分の家賃を持って行った。

だが、それは要らない、あなたが今月の家賃を払ってくれたらそれでいいとサンドラさんは言ってくれた。

私はサンドラさんに良くしてもらった恩も感じていたのでもともとそのつもりだったのだが、私が買い揃えた冷蔵庫や電子レンジやガス台、マットレスなども次の借り手がつきやすいよう置いていく、もし要らなければサンドラさんの好きに処分してくれ、と申し出た。

この地域において、そんな住人は今まで多分いなかっただろう。あなたが持って行ったり売ったりすればいいのに、、、と言いながら、サンドラさんの顔はちょっとほくほくしていた。

リオで捨てようと思っていた中でも状態の良い服やら靴やらも、ゴミと分けまずサンドラさんが欲しいものがもしあれば取ってくれて構わないので、と言ってまとめて差し出すと、サンドラさんの親戚やら近所の人が集まってこぞって持って行ってくれたということで、その日の夜には全部がきれいに無くなっていた。

もう使えないパソコンとかはどう捨てたらいい?と聞くと、家の前の道に置いて置けば道に住んでたりする誰かが一夜のうちに持って行って分解したりしてどこかで売れるので、そのままにしていきなさい、とも。

 

そして、あなたの荷物も少し置いていっていいわよ、そんな何日もは困るけど、今後あなたがリオに来る時があったら、2~3日とかだったら私の家に泊まっていいからね、と言ってくれた。

私の家にいつでも泊まりに来て、と言わず、そんな何日もは困るとあらかじめ言ってくれるのが逆に有難く、本当にたまになら泊まって良いと思ってくれてるのがわかる。

 

私だって本当に図々しく何日も彼女の家に泊まったら上手くいかないのは了承していた。

 

でもその気持ちがとっても嬉しかったので、急遽どうでもいいものもわざと詰めてミカン箱ほどの大きさの段ボールひと箱を彼女に託した。私はここにまた来る、愛がある、という気持ちを込めた、つもりだ。

 

ここを去る時はもっともっともっと感傷的になるんじゃないかと恐れていたが、思っていたよりも最後という感じはしないで済んだ。

 

部屋を掃除し終わり、いよいよタクシーに荷物を積んで去る時の窓越しに、家の前まで出て来て見送ってくれたサンドラさんへ、

 

大家さんがあなたで無かったら、私はここにこんなに長く部屋を借りて住むことは出来なかった。ありがとう。

 

と、気持ちを言った。

 

 

どこまで彼女に私の気持ちが伝わったかは、わからない。

 

 

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