前回のあらすじ
約50名の日本人のカーニバルツアーの責任者として、演者としてサンパウロのカーニバルに出ることになった2018年。だがほとんど全員分の衣装が当日になっても届かない!この絶体絶命の危機を一体どう乗り越えるのか?!
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まさかこんなひどいことになるとは思わなかった。
白目をむいて泡を吹いて倒れたかった。
が、そういうわけにもいかないので泡はやめてとりあえず白目だけ剥いてみた。
しかし、どんなに白目を剥いてみたところで現実は変わらない。
バスの出発の時間を少し早めはしたが待機場に行く時間までそんなには時間の余裕もない。
だが衣装が無いのに待機場に行っても意味が無い。
もう衣装が届くことを信じてここで待つこと以外なすすべは無いのであった。
本来はカーニバル会場で待機していなければならない本番開始3時間前を切り、もう駄目だと思った頃。
見覚えのある衣装たちが届き始めた。
皆さんにそれを告げると歓声が沸く。
急いで個数を数えそれぞれのパーツがあるか確認するが、山車に乗る用の赤い衣装の頭飾りが9個足りない。
赤い衣装はアブリアーラスと言って、5台あるうちのチームの一番最初に必ず来る山車のものだった。
その衣装をみんなで待っていると全員が間に合わなくなるので、お手伝いを頼んでいたスタッフのひとりにその場に残ってもらい、バスが会場に着いたらまたその場所まで戻ってその頃には届いているはず(希望的観測)の残りの衣装を積み込み持ってきてもらうことにした。
さらにアーラの背負い羽や首の飾り等は別の場所で受け取りということになっていたので、我々とは別にチームのバスに乗って衣装を受け取り、同じ衣装のブラジル人たちと一緒に会場に向かってもらうことになった。
子供達は子供達専用スタッフとして同行を頼んでいた日本人のお母さん2名と共に他の出場する子供達と一緒に先に会場に向かってもらった。
つまり四手バラバラに分かれて会場で合流するという、不安しかない布陣になったが時間の無い今、その時できるベストな判断であったと思う。
泡を吹いてうろたえていた(やっぱり吹いといた)私を機転を利かせて助けてくれたのはスタッフを頼んでいた皆さんたちだった。ありがてえ。
しかし道が混んでいる。
カーニバル時期なので所々通行止めになっており、カーニバル専用のチームのバスでは無いので入れない道があって、普段なら15分程度の道のりがとてつもなく遠く、一時間くらい同じ場所をぐるぐると走り続けた。
私はキャパを超えるとみっともないくらいにわかりやすくうろたえる人間で、この時もこっちで運転しないので道もわからずどうしていいかもわからずに完全なパニック状態になった。
ちなみに私は人間の器もとても小さく“ペットボトルのキャップ“とちょうど同じくらいの大きさなので、私の“背が高くて頼れる感じ“に皆さん騙されてはいけない。
結局会場に到着したのは2時間前。
ではまだ余裕があるのではと思われるだろうが、これからは会場脇にある建物で30名以上のメイクをする予定になっており、さらに3人頼んでいたメイクさんのうち1人しか会場に来ていない。
もう本当なら間違いなく待機場所にいなければいけない時間だ。
特に山車で出る人はクレーンで乗せる時間があるので通常よりも早く待機をしていないとならない。
追い打ちによるショックで心が壊れた私の口からは
『π×Ψ@※※★§÷¶ΔΦ♂〒?~』
という文字化けした何かがエクトプラズムのように発せられている。もちろん白目も続行中だ。
しかもこんな状況でメイクさんがひとりしかいないなんて生徒さんたちに言えねー。
ところが友人であるそのひとりのメイクさんが状況を見て即座に傍にいた男子が一つ前のチームのメイクさんだったことを察知し、急遽手伝いにスカウトしてくれた。
つくづく有能な友人にスタッフやメイクを頼んだものだ。
ひとりでは何もできないポンコツ人間は頼れる人を嗅ぎつけるセンサーだけは発達していることよ、とこんなときながら自分で自分のことを感心する。
いちいち説明してる暇もなかったので(あと、正直バレたくなかった)生徒さんたちにはこのメイクさんを初めから頼んでいたような体で通した。
もう一人は渋滞にはまっているがもう近くまで来ていると連絡があったので、じきに着くだろう。(結局はメイク待ちが最後の3人くらいになった時にひとりは現れ、もうひとりにはぶっちぎられた)
メイク中の生徒さんと急遽頼んだメイクさん。二人が左の人の突き出たお腹を見て驚いているのかどうかはわからない。
メイクさんたちに早く早くと急かして、パレード内の先頭に近い山車の人からメイクをしてもらい、終わった人から順に何人かずつを待機場所へ連れて行く。
私がメイクを最後にしてもらうときにはエスケンタ(チームのパレード直前に会場やチームを暖める演奏。通常チーム賛歌含め数曲だがその時による)がどこからか聞こえており、ちゃんとやっていたらもう絶対に間に合わないからと簡単に済ませて後ろの方の山車に乗る予定の生徒さんたちと一緒に急いで会場に向かう。
出発開始を告げるサイレンが鳴る。
聴きなれた今年のチームのテーマ曲の前奏が始まった。
後方で花火が上がり白煙をまき散らす。
とうとう始まってしまった。もう間に合わない。
山車の頭飾りはたぶんまだ受け取れてはいまい。
アーラの皆さんもメイク会場に来なかったということは、まだ会場に着いていないのだろう。
自分が衣装をつけていてもう携帯を持っていないので、他の皆さんが今どういう状況なのかもわからない。
もう動き始めていた山車に一緒に連れてきた生徒さんたちをなんとか押し乗せ、自分の待機場所に着く。
隊列は少しずつだが確実に進んでいき、遠くの方で先頭の山車がスタート地点に吸い込まれていくのが見えた。
終わった。
もう駄目だ。
もう終わった。
生徒さんたちは頭の飾りが無いままのパレードで、アーラの人たちもたぶん間に合っていない。
皆さんがちゃんとした状態で出れないのに私だけが軽快にサンバを踊って楽しくカーニバルに参加することなどできはしないしそんな気分にもなれない。
だがチーム的に減点対象になるため、そこに私がいるのに出ないなんてことはあり得ない話だ。
でももうとてもじゃないがどうしても参加する気にはなれない。
どうやったら出ないで済むだろうか。
いや、私が出ないくらいでは足りない。
他の人がカーニバルに参加できなかった、というのは私が出ようと出まいと変わらず、とにかく申し訳なさすぎる。
今後みなさんに生きて顔向けすることなんてできない。
カーニバルに出ず、そしてみなさんに謝意を伝えるにも、これはもうこの場で死んでお詫びをするしかない。
切腹だ。
もう切腹しかない。
そうだ、切腹しよう。
もう半泣きになりながらひとりでブツブツと切腹切腹切腹とつぶやいて、この場でどうやって切腹しようかリアルに考えをめぐらす。
翌日の新聞には華やかなカーニバルの記事と共に、
“日本人ビキニ侍、カーニバルの花道で命散らす“
という記事が載ることになるだろう。
そんなことを考えながら私のポジションのすぐ後ろの巨大な山車に追われるようにとぼとぼと前に進む。
私の絶望的な気持ちとは裏腹に目前には華やかなカーニバルの景色が広がっていた。
https://diariodoturismo.com.br/wp-content/uploads/2018/02/Sambodromo-arq-dT.jpg ※写真はイメージです
お手数ですが、ここを。。。お