ブラジル・日本人サンバダンサーの華麗な日常

ブラジルに住む日本人サンバダンサーの全く華麗ではない日々

最弱の弟

弟ができました。

妹が結婚して義理の、とかじゃありません。

ブラジルの、心の兄弟です。

 

彼はサンパウロの家の近所の日本語学校に通っていて、私の提案した語学をとっかえっこして勉強し合わないかい?という趣旨の会にひょっこり顔を出しに来たのが弟となるきっかけだ。

まだ私に出会う前、日本に2か月ほど旅行に行った時に日本人の彼女をつくって戻ってきており、ただいま絶賛遠距離恋愛中である。

頭がお花畑である彼は、その彼女が良く使う“にゃー”という発音がブラジルと違うといたく気にいって四六時中にゃーにゃー騒いでおり、そこらへんの女子に“にゃー”と言ってみろ、と強要し、言ったら言ったで、「チガウ!やぱりミッチャンの“にゃー”のほうがカワイイ!!」

とダメ出しをしてきたりするので特に女子たちの間で評判が悪い。

奴は23歳の白い肌に栗色の髪のれっきとしたブラジル人だが、稀に見るブラジル人ぽくない男だ。

身長は190cmもあるのだが細身で、おなかだけがちょっとぽっこり出ている。

何かに似ていると思っていたが、数回目かに会った時レゴの人形に似ているということに気が付いた。

f:id:joE:20160307060637p:plain出典:https://kodomomama.jp/25427

赤もイイセンいってるが、緑の服のがより似ている。

 

 

さらに言うと目が中心に寄っているきらいはあるが、かっこ悪いというわけではない。優しい性格なのも相まって日本に行ったらかなりもてるであろう。

柔和な性格が上質なアロマのように顔から雰囲気から醸し出され立ち昇っており、共通の友人はみな始め彼を間違いなくゲイだと思ったという。

大学を卒業し、働いていないのに良い身なりをしていて金払いも悪くないので、みんなでたまに“おぼっちゃまー”と呼んでいる。すみま千円ともだちんこのほうではなく、リアルおぼっちゃまくんとしての呼称だ。

そうそう、ともだちんこで思い出したのだが、ここだけの話、彼の二つある大事な玉のひとつにはシリコンが入っている。

見栄っ張りだから大きく見せようとして

とかそういうんじゃなく(玉だしね)、

年末に腫瘍が見つかり緊急手術をしたのだ。

幸い手術は無事成功し、玉の中身を腫瘍とともに取り出した代わりに、歩行中バランスを欠いて角をうまく曲がれなくなったりしないため(かどうかは知らないが)中身の空いた袋にシリコンボールを詰めシリコンボーイとして生まれ変わり、奴は再び私たちの前に現れた。

そういう理由でそんなところにシリコンが入っているとはちょっと不思議な感じがする。

みっちゃんは今度彼に会った時にどんな具合なのか確かめて私に報告をください。

 

ある日、友人グループ10人ほどでご飯を食べていると、

「ねえさーん、助けて~!」

と席が離れたところに座っていた弟の呼ぶ声がする。

その声のするほうへ顔を向けると、

 

ささくれ

 

ができた指をかかげながら情けない顔で

「た~す~け~て~」「い~た~い~よ~」と

しつこく助けを求めてくる。

 

ささくれで心の姉と言えども女子に助けを求めてくる男なんてはじめてだ。こんなのはじめて。

 ささくれは確かに気にはなり不愉快ではあるが、怪我ランキングではとふかづめと競って僅差で最下位、というレベルの怪我ではなかろうか。

 

 

 

弱い。弱すぎる。

 

 

 

と、まあいろいろ書いてはいるが彼はとても心が優しくてピュアないい子だ。

英語もペラペラ、実は頭も良く、

「ブラジル人は底抜けに明るいと言われているが、それは見せかけだけで本当はとても暗くナイーブな面を持っている」とたまにさらっと冷静で突き放した考えを述べたりする。

(私もそう思う。)

ブラジル人のやり方なのか抜け目が無かったり、なんかそれあなたにだけ都合よすぎてちょっとずるくないですか?と日本人には感じられるような人も中にはいるが、彼に関して言えばそういったところは皆無である。

実の妹以外の悪口は聞いたことが無いし(妹のことはものすごくバカだといつも言うので、多分本当にすごいバカなんだろう)汚い言葉も使わない。

私にとてもつらいことがあったときは、長々と話を聞いてくれ、ほぼこれただの愚痴じゃね?と自分でも引くレベルに及んでもなお根気よく励ましてくれ、後日それについて謝り礼を述べると、

『大丈夫姉さん、弟だから

姉さんいつも楽しいをくれてありがとう!!』(原文ママ)

なんて返信をよこして胸をじんとさせやがったりする。

こんなに純粋で、よくこのブラジルで生きてこれたよな、と感動を覚えるくらいである。いくらそこそこ裕福な家庭に育っても、さすがに大の男が23年も生きてくれば、必ずどこかですれてくるものだと思うのだが。

 

あんまり彼がのほほんとしているので、

「あなたの生きてきて今まで一番つらかったことは何か?」

と聞いてみた。

 つらかったことなんて今まで無いんじゃないの~?と失礼な冗談でからかうと、

僕にだってあるよ!!と憤慨し、しばらく考え込んだ。

 

まあ、そりゃあ彼にだって心の傷のひとつやふたつはあるだろうし、

そんなの急に聞かれても私だって答えられないよな、と思いながら待っていると、

やっと彼は重い口を開き語り始めた。

 

『小学生の時

 

 学校にビスケットを持っていったのだけど、

 

 それを誰かに黙って勝手に食べられたことがある

 

 それが一番悲しかった』

 

 衝撃の告白である。

 

「ねえ?本当に?」

「本当に、それ?」

「よく考えて」

「本当にそれが今まで23年生きてきた中で一番悲しかったこと?」

と何度も確認するも、

やっぱりそれが一番悲しかったことだと言う。

 

すごい。

すごいよ!!!!

ひとりの男性が、23年生きてきて、それがマックスて!

むしろそれほんとすごいことだよ!!!!!!!

 

彼の困ったようににやにやしている顔を見たら笑いが止まらなくなってしまった。

いや、いくらなんでもこれはまずいだろう。このままで今後無事に生きていけるのか姉さんはとっても心配だ。

 

でも、このことを想い出すと私はとても幸福な気持ちになって、

できればこのまま彼には一生、これ以上のつらいことが起こらないで、

いくつになっても彼の人生で一番悲しかったことが

 

ビスケットを食べられた思い出

 

だといいな、

と、心から思う。

 

 ブラジルの最弱で最愛の弟の話。

 

f:id:joE:20220201125226j:plain